玄玄天

いわきまちなかアートフェスティバル

藤沢レオ

制作テーマ

作品制作に限らず、様々な活動を通して社会へ積極的に介入していくのがアーティストだとすると、私は2003年3月31日にアーティストになったと言えます。
 前日まで変わりなかった母がこの日、急逝しました。
 誰にでも起こりうるような出来事によって受けた忘れることのできないショックは、突然死による痛烈な悲しみと、自身が ”生きていること” を初めて明確に知る、絶望的な無知によるものでした。
 あまりに当然の事実さえ全く意識されてこなかった罪悪感は、「生きること」と「死ぬこと」を同等の質量を持つ確かなものとして私に知覚させました。それは死ぬために生きるというような厭世観ではなく、有限がゆえ希少な生命の尊さについての理解であり、最も身近な自身の命への気づきでした。
 「死を内包した生命」「死に内包された生命」、矛盾とも思える両義性こそが根源的な生命の姿と捉えるようになり、同時に自身の生命を如何に使うのかと志向することで、奇しくもアーティストとしての目覚めとなったのです。
 世界の緊張状態が続く中、身辺でも経済性や効率性により平然と優先順位が決まり、限られた思考性に収束していく不気味さは、私においての緊張状態が継続することになりました。
 一般に個人は塊となり社会を構成します。個人の変化が塊に変化をもたらす有効な手段と考えるなら、個人には等しく可能性と責任が課されているように思います。そこで私は作品や体験を通して、ごく身近な「生命への気づき」を入り口とし、見落としやすい事象や感覚、不可視な空気、重力、時間といった様々な要素と組み合わせ、鑑賞者をはじめとする個々人に微細な気づきを生むことで、視点の多様性を積み重ねさらには増幅させ、強固かつ不変にも思える社会・システムに対して柔軟な変化を生み出せないかと考えています。

以下、ご参照までに。>>>

ファイル名:die.jpg/passage-I.jpgについて。
 

初期作品となる「種子」(2006~)シリーズは、直接的な命の萌芽であると同時に死を内包する根源的な生命の存在を可視化する試みです。種子の外殻は生命の器として時に揺りかごであり、時に棺となります。空間との不確かな境界は見るものとの対話空間として作用します。

ファイル名:calm01.jpgについて。

 「静かな日」(2010~)シリーズは、日常の何気ない風景を切り取り、寂寥感や孤独感を空虚な間をとることで表現しています。しかし一旦作品の中に配された余白に視点を移してみるとそこには確かな人の気配があり、一転して温度や湿度、家族の帰りを待つ期待感さえ呼び起こすかもしれません。穏やかな日のささやかではあるが疑いようのない幸福が存在しています。

ファイル名:absence-III.jpgについて。

 「不在の存在」(2012~)シリーズは、些細な行いの集積による彫刻を出現させます。糸を垂らす行為は誰にも容易ですが、その積み重ねとなると容易とは言えません。しかし積み重ねた行為はいずれ空間を劇的に変貌させ、世界をも変化させうることを明示しています。

ファイル名:scene-I.jpg/scene-IV.jpgについて。

 「場の彫刻」(2014~)シリーズは、場の端緒を作った唯ひとりを想起しています。遠い過去の誰かがだれもいなかった土地にいくつかの端緒を見出すことで生活の場が構成され、のちに社会が造られていきました。それは現代の私たちにも同様に新たな端緒を見出すことが可能なはずです。
 この実験的な作品群は現況の「場」をも変化させうる出発点として、その端緒を可視化する試みです。

樽前arty+について。

2004年に発足した「樽前arty(アーティ)」はアートを触媒に社会へ作用する地元苫小牧地域に特化した活動です。美術、文学、演劇、音楽など複合的なアートイベントとして毎年開催を重ねながら、2014年「NPO法人 樽前arty+(アーティ プラス)」へ移行。美術家に限らない多分野のメンバーで構成し、地域、社会との関わりを模索しつつ、日常的に行われる体験講座や参加イベントを通じて、個人や社会に緩やかな変化を促そうと考えています。
 現在は、二年に一度運営中の公立小学校を美術館に変貌させるプロジェクトをはじめ、通年で苫小牧市美術博物館と協働し市内の児童・生徒たちと取り組む「こども広報部びとこま」で芸術文化広報紙を発行。苫小牧市内の文化施設や学校、拠点となる樽前地区において各世代対象のワークショップ「たるまる学校」を開講。訪れるアーティストとともに樽前地区に必要なレジデンスプログラムを考える「AIR+」などアートの常態化を目指し、地元地域を中心に企業、行政、他組織との積極的な関係作りも進めています。